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古い歴史のある鹿港、特に旧市街に当たる老街周辺には、細い路地がたくさんあります。
その中でもちょっとした観光名所になっている摸乳巷と九曲巷に行ってみましょう。
ここですね。

摸乳巷の名前の由来が解説されています。

要は路地が狭くて、すれ違う際に乳(胸)が当たるということみたいです。

三輪車は進入禁止と書いてありますね。ということは二輪車(バイク)はOKなの?

清朝時代は周辺住民の排水溝だったものが、日本統治時代にこうした路地・通路として使われるようになったようです。

向こうから子供連れの家族がやってきましたよ。摸乳巷ではお約束の展開ですね。

私が途中の少し窪んだ所に避難して、すれ違いました。乳が触れることはありません。
反対側に出たところ。

全長約80メートル、一番細くなっているところで幅約70センチだそうです。特に何かあるわけではありませんが、観光名所の一つということで。
続いて九曲巷です。新盛街にある入口から入ります。


入ってすぐに十宜楼という古い建物が出てきます。



十宜楼は、廈郊商行と呼ばれる厦門との貿易を行っていた卸売業者で最大だった「慶昌号」一族の邸宅で、清朝嘉慶帝の時代(1796~1820)に建設されています。今はただの地方都市にすぎない鹿港ですが、当時は台南に次ぐ、台湾第二の都市として栄えていました。
十宜とは「琴、棋、詩、酒、畫、花、月、博、煙、茶」を指し、風流な詩人が集まってきていたようです。
空になった紹興酒を使った壁、「甕牆」がわずかに残っています。


先に進みましょう。九曲巷というくらいですから、本当に九つの曲がり角があるのか確認しようと思いましたが、すぐにどうでも良くなりました。


レンガ造りの古い住宅が並んでいます。

良く見ると当時の古いものと最近修復された新しいレンガ造りの部分があります。

脇道を覗いていたら、ここらの住民とおぼしきおばさんが「通れるよ」とジェスチャーで教えてくれます。

正直行くつもりはなかったのですが、せっかく教えてくれた好意を無駄にするのも悪いので・・・新盛街に出てきました。さっき入ってきた入口のちょっと先です。

また九曲巷に戻って、先を進みます。
放置され、崩壊しかけの住宅もありますね。

もう一方の民族路に面した出入口に到着しました。

こちら側から九曲巷を発見するのは難しそう。気付かずに通り過ぎてしまいますよね。入口に案内プレートはありますけど。


九曲巷は古いレンガ造りの住宅が並ぶノスタルジックな雰囲気で、台南・安平に似ているかな。