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飫肥城は明治期の廃城令により当時の建造物は取り壊されてしまいましたが、城下町には武家屋敷の古い町並みが残り、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
飫肥城大手門を出てすぐのところにある豫章館(よしょうかん)を見学します。
豫章館は元々家臣・伊東主水の屋敷地でしたが、最後の藩主だった伊東祐帰が明治2年(1969年)藩知事に任命された際、ここに屋敷を造り城内から移り住んだもの。明治2年築ですが、江戸期の武家屋敷の面影を残し、飫肥城下町で現存する武家屋敷では最も格式高い建物です。
入口の薬医門。入場料は大人300円ですが、関連6施設に入場できる共通券(800円)もあります。
主屋。
主屋の前には立派な庭園が広がっています。
主屋の裏側を通って、敷地の奥へ進みます。
奥には御数寄屋(おすきや)という建物があります。
御数寄屋は明治34年(1901年)に建てられ、茶室として使われていたようです。
飫肥城のすぐ南側を走る、横馬場通り(武家屋敷通り)を歩いてみます。飫肥城下町は武家屋敷の立派な石垣が目を引きます。
こちらは服部亭という、飫肥藩御用商人・服部家の屋敷を改装したお食事処。
服部家は広大な山林を所有していて、服部植物研究所というコケ専門の研究機関も設立しています。研究所は無料で見学出来るようで、旅行時に知っていれば絶対行ったのに・・・
また立派な武家屋敷が見えてきました。
残念ながら朽ち掛けています。
こんな立派な門構えなのにもったいない。旧伊東民部邸という上級家臣の屋敷で、映画「石井十次の生涯 石井のおとうさんありがとう」のロケ地にもなったようです。
横馬場通りと八幡通りの角地にある旧伊東伝左衛門家も上級家臣(禄高100~150石)の屋敷です。現在はPAAK HOTEL 茜さすとして利用されています。
庭園は見学して良いみたいな看板があったので、ありがたくそうさせて頂きます。
旧藩校振徳堂を見学後、八幡通りを南へ下って行きます。
このレトロな建物は鳥居下公民館。大正~昭和初期の建物で、旧第百四十七銀行飫肥支店。
県道432号(元狩倉日南線)という比較的大きな道路沿いにも石垣が残っているのですが、よく見ると道の北側だけです。南側は道路拡張の際に取り壊されたのかもしれません。
後町通りも武家屋敷の町並みが多く残っています。
用水路には鯉が泳いでいました。
お城の石垣もそうですが、一口に石垣と言っても色んな積み方がありますね。
このタイプの石垣は他では見なかったような。
重要伝統的建造物群保存地区というと町屋建築の商家町が多く、かつての繁華街で賑わっていたイメージですが、飫肥は武家町で閑静な高級住宅街といった感じで印象が大きく異なりますね。
日南・飫肥・油津 洗濯機・コインランドリーがあるホテル・旅館






























