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飫肥城下町の中心だった飫肥城に向かいます。
戦国時代に伊東祐兵が飫肥城を支配下に置いて以降、明治期の廃藩置県・廃城令まで飫肥は伊東家が14代にわたって治めました。
お城の表玄関である大手門は、地元産の飫肥杉を使って昭和53年(1978年)に再建されました。と言っても、外観に関する資料は残っておらず、それらしく再現されたものです。
石段を登ると、正面に本丸の石垣があります。
石垣に沿って右手に進みますと・・・
鐘楼があります。
鐘楼の角を曲がると飫肥小学校が見えています。生徒たちは毎日大手門をぐぐって登下校するそうです。
元に戻って、今度は左手に進みます。
本丸への枡形虎口の四隅に「しあわせ杉」が立っています。
4本の対角線の中心に立つとしあわせパワーがもらえるそうです。
本丸虎口を過ぎると飫肥城歴史資料館がありますが、後で行きましょう。
飫肥小学校のグラウンド脇を歩いて行きます。
旧本丸跡への石段。
旧本丸虎口。
旧本丸跡は杉木立と苔のじゅうたんに覆われています。ただこの杉木立は樹齢100~140年とされており、藩政時代のものではなく、廃城後の明治期以降に植樹されたもの?
癒しの森と呼ばれる、侘び寂びの世界。
飫肥城には天守が築かれたことはなく、旧本丸跡には藩主の住居である御殿がありました。飫肥城はシラス台地の上に建てられており、江戸時代前期の三度の大きな地震で旧本丸に地割れが発生、本丸へ移転することになります。
移転先の(新)本丸跡ですが、現在は大部分が飫肥小学校のグラウンドになっています。
旧本丸裏門(北門)、一見古そうですが、昭和54年(1979年)に復元されたもの。
(新)本丸の隅にある飫肥城歴史資料館。入場料は大人300円ですが、私は飫肥城関連の6施設に入場できる共通券(800円)を利用しました。
飫肥藩ゆかりの品々が展示されています。
初代藩主・伊東祐兵着用甲冑、あくまで「伝」ですが。
甲冑の各パーツの名称が書いてあって、こういうのはありがたいです。
鬼瓦をはじめとする瓦や鯱。
11代藩主・伊東祐民の妻・栄松院が乗用したもので、生家の広島浅野家の鷹羽紋が施されている「浅野家女乗物」。
茶道具。
刀・脇差。
火縄銃。
本丸から石段を登った高い位置に松尾丸という曲輪があります。
ここには藩主の屋敷である御殿が復元されています。本来御殿は旧本丸、(新)本丸にあったのでしょうが、旧本丸は杉木立、(新)本丸は飫肥小学校になっており、ここ松尾の丸に復元するしかなかったのでしょう。こちらも入場料大人300円ですが、共通券を利用しました。
御殿に関する資料は残っておらず、時代考証を行い、江戸初期の書院造りの建物となっています。つまり当時の御殿を再現したものではありません。
御座ノ間。
茶室。
湯殿。
水瓶を下から熱して湯気(水蒸気)を発生させる、蒸風呂・サウナ的なものだったようです。
帰りに気付きましたが、大手門の前に堀がありました。お城の堀としては、幅も深さも狭い・浅いような気がしますが。当時は水が張ってあったのか分かりませんが、現在は空堀になっています。
残念ながら飫肥城には当時の建造物は残っていませんが、存在しなかった天守を建造したりすることもなく、旧本丸跡の杉木立と苔生した静寂の世界はとても良い雰囲気でした。
日南・飫肥・油津 洗濯機・コインランドリーがあるホテル・旅館



































