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岐阜・長野旅行も最終日となりました。
3日間の秋の乗り放題パスは前日で使い終わったので、この日は名古屋近郊のJR線普通列車が乗り放題となる「名古屋おでかけきっぷ(1,500円)」を利用します。
乗り放題なのでとことん使い倒したいところですが、今回は垂井と犬山の2ヶ所に絞りました(犬山へは名鉄線も利用)。
先ずは関ヶ原の一駅手前の垂井へ向かいます。垂井町には美濃国一之宮の南宮大社があり、全国一宮巡りを趣味としている私としては、避けては通れません。
JR垂井駅から徒歩10分で大鳥居が出現しますが、南宮大社まではまだ距離があります。
南宮大社境外摂社の吉葛神社。よさつらじんじゃと読み、御祭神は天吉葛神(あまのよさつらのかみ)。
駅から20分ほど歩いて南宮大社に到着しました。立派な楼門は江戸時代前期の寛永19年(1642年)築で国指定重要文化財です(旧称の南宮神社として登録されています)。
南宮大社の社殿は慶長5年(1600年)に関ヶ原合戦の戦火で焼失、春日局の願いにより、寛永19年(1642年)三代将軍徳川家光が再建しました。大奥で知られる春日局は家光公の乳母で、本人は現在の兵庫県丹波市春日町生まれですが、一族の斎藤氏は美濃国出身でした。
通行は出来ませんが、石輪橋も同じく寛永19年(1642年)建造で国指定重要文化財。
楼門を抜け、手水舎にはきれいな花が浮かべてありました。
正面には高舞殿と左右回廊。
高舞殿の後方に拝殿があります。更に奥に幣殿、本殿と並んでいます。回廊の内側には本殿、幣殿の他、樹下社、高山社、隼人社、南大神社、七王子社も鎮座しています。主要社殿は楼門と同様に寛永19年(1642年)築で国指定重要文化財です。
南宮大社の主祭神は金山彦大神(かなやまひこのおおかみ)、相殿神として彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、見野命(みののみこと)も合祀されています。
金山彦大神は金属・鉱山の神様で、ここ南宮大社が総本宮です。金属・鉱山の神様だけあって、刃物や金属工具・部品などが奉納されていました。
境内社(摂社・末社)にも参拝します。こちらが境内案内図。
金敷金床神社(御祭神」豊受姫命、蛭児神)。
石船社(御祭神:石舟大明神)。船の形をした石が祀られていますが、石舟大明神とはイザナギとイザナミの間に産まれた神鳥之石楠船神(天鳥船神)のようです。
使わなくなった古い瓦を供養する瓦塚。お城みたいな造りです。
瓦塚に目を取られて、湖干海神社(御祭神:豊玉彦命)へ参拝するのを忘れてしまいました。
伊勢両宮社(御祭神:天照大御神、豊受大御神)。
東照宮(御祭神:東照大権現=徳川家康公)。
荒御魂社(御祭神」金山彦大神の荒魂)。
百連鳥居。
南宮稲荷社(御祭神:宇迦之御魂神)。
更に後方の南宮山ハイキングコースを登って行くと奥宮(御祭神:木花開耶姫命)と高山社(御祭神:保食神)がありますが、雨が降って地面もぬかるんでいるので断念しました。
本殿の後方に戻って来まして御霊社。公式HPには関ヶ原の合戦で戦死した人々の魂を祀っていると書いてありましたが、その後の第二次世界大戦までの戦没者も合祀されているのでしょうか?尚。関ケ原町は垂井町の隣にあります。
前舞殿と楼門。
北門から出た先に、落合社(御祭神:素戔嗚尊)。
数立神社(御祭神:猿田彦神)。
最後に境外摂社の大領神社(だいりょうじんじゃ)にも寄ってみます。
主祭神は不破郡大領宮勝木実。この地の有力者であった宮勝木実(みやのすぐりのこのみ)は壬申の乱の功によって不破郡を賜り、不破氏に改姓したとされます。宮勝木実は南宮大社の社家の出身でもありました。
昔、金属関係の仕事をしていたので、鉱山・金属の神様「金山彦大神」の総本社である南宮大社には参拝したいなあと思っていました。今回それが叶い晴れやかな気分です。



























