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長さ約1kmにもわたる奈良井宿ですが、その両端には神社が鎮座しています。
JR奈良井駅にもほど近い北東の端には八幡宮(八幡神社)があります。天正年間(1573~1592年)にこの地を治めていた戦国武将・奈良井義高により創建されました。
八幡宮ですので、御祭神は誉田別尊(第15代応神天皇)。
八幡宮への階段の途中から旧中山道杉並木が伸びています。
杉並木を少し歩いて行くと二百地蔵尊。
約200体の石仏が並んでいて、二百地蔵尊と呼ばれていますが、多くは地蔵菩薩ではなく観音菩薩らしいです。
一方南西の端にあるのが鎮神社(しずめじんじゃ)。創建年代は不明ですが、1582年に木曽氏と武田氏の間の大規模な戦乱により被害を受け、その後奈良井義高が現在地に再建したとされます。
元和4年(1618年)春、奈良井・平沢で「すくみ」という疫病が流行した為、下総国(千葉県)香取神社から経津主命(ふつぬしのみこと)を勧請したところ治まったので、鎮神社と改称されました。争いを鎮め、病を鎮め、災厄を鎮める、万象鎮めの神だそうです。
そして奈良井宿の真ん中あたりにあるのが広伝山大宝寺。天正10年(1582年)に奈良井義高が菩提寺として創建しました。
この大宝寺にはマリア地蔵なるものがあるということでやって来ました。拝観料の大人100円をボックスの中に入れます。
受付は無人だし、特に案内図などは見当たらないのですが、グーグルマップを信じれば、マリア地蔵尊は山門を抜けて右手みたいなので進んでいきます。
おっ、これか?
幕を見たら、隣の法然寺のお地蔵さんでした。行き過ぎたようです。
また戻って大宝寺の境内をウロウロ探します。拝観料取るなら、案内の看板くらい出して欲しいなあ・・・
やっと見つかりました。山門を抜けて右手直ぐにある墓地の向かって左奥です。
昭和7年(1932年)に近くで発見されたそうですが、キリスト教への禁教令の時代に隠れキリシタンにより造立されたのでしょう。切られたのか壊れたのか分かりませんが、首から上はありません。
聖母マリアに幼子イエスが抱かれているような姿で、その幼子が十字架を手にしているのが確認出来ます。
この八幡宮、大宝寺、鎮神社はいずれも奈良井義高により同時期に創建或いは再建されており、菩提寺である大宝寺を中心に丑寅(北東)の鬼門に八幡宮、未申(南西)の裏鬼門に鎮神社と一直線に位置しています。














