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諏訪大社上社前宮からもう少しで本宮というところで、県道16号岡谷茅野線から分かれて東参道へ入って行きます。この辺りは長野県地域発元気づくり支援金によりやまぶきの植樹が進められ「やまぶき街道」なんて名前も付いていました。
天下の名水「石清水」。飲料水としても飲むことが出来ます。
北斗神社。石段が200段あるそうで・・・私は時間がないからという理由にして諦めます。
本宮三之鳥居が見えてきました。
若宮八幡社。
本宮に到着、二之鳥居(銅鳥居)です。一般的に境内から離れた場所から近付くにつれて、一之鳥居、二之鳥居、三之鳥居と順番が付けられますが(一番遠くにあるのが一之鳥居)、ここは近付くにつれ数字が少なくなっていますね。
銅鳥居をくぐって境内に入り、すぐ左手にある出早社。御祭神は諏訪大神(建御名方神)の御子神である出早雄命(いずはやおのみこと)。イボが治るというご利益・ご神徳があるらしい。
国指定重要文化財の神馬舎。
布橋の入口にある入口御門は文政12年(1829年)の建造で国指定重要文化財。布橋は安
その脇に諏訪大社の特徴とも言える社殿の周り四隅にある御柱。これは二之御柱でした。
入口御門を通り抜け、布橋を歩いて行きます。布橋は約70メートルある長廊、永6年(1777年)の建造でこちらも国指定重要文化財。
布橋を進んでいくと向かって左手に見えてくる額堂(絵馬堂)。江戸後期の文政年間(1818~1830年)に建立、重要文化財・布橋の附指定。4年前に修復工事を終えたので、まだ新しい感じです。
続いて摂末社遥拝所。
大国主社。本宮の主祭神・建御名方神の父神である大国主神を祀っています。
布橋の反対側にも勅使殿、五間廊、神楽殿、天流水舎といった重要文化財の社殿があるのですが、現在修復工事中で仮囲いで覆われており残念。工事は令和9年10月末に終わる予定です
摂末社遥拝所・大国主社の先には東宝殿・西宝殿。
東宝殿・西宝殿の間にある四脚門。慶長13年(1608年)に徳川家康が建立させたものされ、上社本宮に現存する最古の建築物で国指定重要文化財。
四脚門の脇から幣拝殿などがある中のエリアを除くと、脇片拝殿の上に大きな岩の硯石が見えています。
塀重門からは入れませんでした。塀重門の正面に下からの石段がありますので、ここが正門だと思いますが・・・
更に先の門から神域?に入ります。
参拝所にてお参り。本宮の御祭神は建御名方神(タケミナカタノカミ)。大国主命の御子神で、国譲りの際に建御雷神(タケミカヅチ)に敗れ、ここ諏訪の地に逃げて来たとされています。
参拝所の後方に幣拝殿、左右片拝殿 、脇片拝殿があり、いずれも国指定重要文化財。尚、本殿はなく、後方におびえる守屋山が御神体とされています。
改修工事中?ほぼ完了?の勅願殿も国指定重要文化財。
参拝を終え、塀重門前の石段から下へ降りますと、一之御柱がありました。
信濃(現在の東御市)出身で江戸時代の最強力士・雷電像。諏訪大神(建御名方神)は、武神として崇められています。
高島神社には諏訪大社上社の神職のトップ・大祝(おおほうり)と共に、諏訪藩(高島藩)の藩祖・初代・二代藩主を務めた諏訪家三代を祀っています。
そばには参集殿があり、神前での結婚式を挙げられる?終えられた?新郎新婦をはじめとする御一行様がいらっしゃいました。
北参道に建つ北鳥居。
バスの時間までまだ少しあるので、また東参道の銅鳥居まで戻ってきたら、遠目に三之御柱を見ることが出来ました。
近くの鷲峰山法華寺にある吉良義周(吉良上野介公の孫)の墓に向かいますと・・・
三之御柱がしっかり見えました。
想像していたほど本宮の境内は広大ではなく、社殿が密集して建っている印象でした。一部修復工事で参拝・通り抜け出来ない社殿もあり、参拝の所要時間は25分(全て参拝出来たとしても30分程度だったでしょう)。
本宮近くのバス停→前宮→本宮→バス停のトータルでは1時間35分でした。元々の予定では2時間だったのですが、バスの遅延で1時間45分しかなくなり、多少急ぎ足で回りました。それでも大半の社殿を参拝・見学してこの所要時間です。
諏訪大社には上社(前宮・本宮)、下社(春宮・秋宮)の4社ありますが、どこか1ヶ所参拝するとしたら、やはりここかなと思います。
諏訪・茅野・岡谷 洗濯機・コインランドリーがあるホテル・旅館































