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豊郷から近江鉄道に乗って五箇荘駅にやって来ました。ちなみに駅名は「五箇荘」に対し、地名は「五個荘」です。読み方はどちらも「ごかしょう」。
この辺りも近江商人(湖東商人)発祥の地とされています。
駅前には「小幡商人発祥の地」という石碑がありました。近江商人>湖東商人>小幡商人とより細かい区分を指すものです。
特に金堂地区は「江戸時代後期から昭和前期にかけての近江商人の本宅群と伝統的な農家住宅が並んでいる。これらに加えて、寺社や周辺の水田が一体となり、優れた歴史的景観を形成している」として、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
五個荘金堂町は五箇荘駅から少し離れており、徒歩ですと2~30分掛かります。
こんな田んぼと山に囲まれた里山、本当にのどかな所です。
いくつかの商人屋敷が公開されており(入場は有料)、こちらは少し離れた宮荘地区にある藤井彦四郎邸。藤井彦四郎は共同毛織、共同毛糸紡績(後に倉敷紡績=クラボウに合併)を設立するなど。化学繊維業界で成功した人のようです。
豪商・松居久右衛門家の旧宅を活用したマーチャントミュージアム 教林坊別院。こちらは公開日が限定されています。
金堂地区へやって来ました。
五個荘近江商人屋敷 中江準五郎邸。中江家は戦前から朝鮮・満州・中国で百貨店チェーン(三中井商店→三中井百貨店)を大々的に経営していました。敗戦により対外資産を失った中江家は故郷・五個荘に戻り、煎餅店を開店します。その後洋菓子店に変更、現在も彦根に「三中井」として営業しています。
中江準五郎邸の離れを利用した「天秤屋 三方庵」という宿泊施設は、現在NIPPONIA五個荘の離れとなっています。
中江準五郎邸の道をはさんで隣にある中江勝次郎邸の土蔵。勝次郎が長兄で、準五郎が末弟という関係。
延々と続く外村宇兵衛邸は、主屋が江戸末期の万延元年(1860年)に建てられました。現在NIPPONIA五個荘というホテルとして利用されています。外村宇兵衛家は代々呉服商を営んでおり、四代目外村宇兵衛は御幸毛織が株式会社化した後の初代社長も務めています。
作家・外村繁の生家の五個荘近江商人屋敷 外村繁邸。上記外村宇兵衛家の分家です。邸内の土蔵は「外村繁文学館」という資料館となっています。
安福寺の前には、平成24年に当時の皇太子(現在の天皇陛下)がこの地区を行啓された記念碑が建っていました。
地区の中心的存在の弘誓寺(ぐぜいじ)の本堂は、宝暦5年(1753年)に再建されたもので、国指定重要文化財。
大城神社(おおぎじんじゃ)。御祭神は高皇産霊神.と菅原道真公。
東近江市近江商人博物館・中路融人記念館。ここは見学したかったのですが、既に17時の閉館時間近くになっていたので諦めました。
五個荘金堂町に残っているのは近江商人の本宅であり、商売自体は行商に出たり、江戸(東京)・大阪・京都などに店を出していました。
カフェ・レストラン・お土産店などもほとんどなく、観光化されていない静かな農村という雰囲気。平日の夕方近くということもあり、観光客らしき人はほぼ皆無でした。



















