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彦根から一旦離れて、次は近江鉄道に乗って、古くから「お多賀さん」の名で親しまれる多賀大社へ向かいます。
多賀大社駅前に鳥居があり、ここから表参道絵馬通りを歩いてきます。
通りは古い町並みが続き、土産物店・食事処なども結構あるのですが、平日且つもう夕方ということで閑散としていました。玄関先には蘇民将来信仰の「笑門」や「蘇民将来之子孫也」と書かれた厄除けのお札・注連縄が飾ってある住宅・店舗が多いです。
多賀大社の西参道入口近くに紅いベンガラ色をした、めちゃくちゃ風情のある建物が出てきました。「かぎ楼(旧 鍵屋/かぎや)」という江戸時代・元禄2年(1689年)創業の料理旅館です。
明治10年(1877年)築、大正期に増築された木造2階一部3階建ての建物。国の登録有形文化財です。
すぐそばにある「かめや(亀屋)料理旅館」はもう営業していないようですが、こちらも江戸時代から続く料理旅館でした。建物は大正13年(1924年)築で同じく登録有形文化財。
西参道入口。
最初に出てきたのは延喜式内社の摂社・日向神社、御祭神は瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)。
神明両宮。神明社といえば天照大神と豊受大神を祀っています。
夷神社には事代主神(えびす様)が祀られています。
拝殿が見えてきました。多賀大社の御祭神は、国産み・神産み神話で知られる伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)の二柱です。
拝殿の後方に神楽殿。
更に後方に幣殿・本殿と続きます。
熊野新宮、天神神社、熊野神社、聖神社、三宮神社・・・たくさんの境内社があります。
金咲稲荷神社への参道。
金咲稲荷神社。
多賀大社では杓子(しゃもじ)の形をした絵馬です。
奈良時代の元正天皇が病気にさられた際に、当社の神主が強飯を炊き、しでの木で作った杓子を献上したところ、天皇はたちまち治癒されたという話が「お多賀杓子」の由来らしい。その為、無病息災、延命長寿、厄除けの御神徳(ご利益)があるとされます。
また形が似ているカエルの幼生「オタマジャクシ」の語源も、このお多賀杓子(おたがじゃくし)と言われています。
表玄関となる御神門。
太閤橋。
渡れませんでした。
境内には多賀講総本部の建物もあります。多賀講とは多賀大社(お多賀さん)を篤く信仰する崇敬者の団体で、500年以上の歴史があるそうです。多賀大社が古くから多くの人に信仰されてきたことが分かります。
ちなみに多賀大社の旧社格は最高位の官幣大社、但し近江国一宮は建部大社で、二宮が日吉大社、多賀大社は三宮とされています。多賀大社が三宮なんて近江国は由緒ある神社の激戦区ですね。























