雪国特有の軒下通路が残るこみせ通り 黒石市中町重要伝統的建造物群保存地区

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なぜ黒石に来たかと言えば、古い町並みが残っている中町重要伝統的建造物群保存地区の存在を知ったからです。

中町重要伝統的建造物群保存地区は主屋の道路側に雪や雨をしのぐための「こみせ(小見世)」と呼ばれるアーケードのような庇(ひさし)・軒下通路が設置されているのが特徴。新潟・長野の「雁木(がんぎ)」、山形の「こまや(小間屋)」など、呼び名は異なりますが雪国特有の構造です。

雁木(がんぎ)は小学校の社会で習ったような気がしますが、こみせ(小見世)は初めて知りました。

こみせ通り沿いの焼肉逢春から南側が重要伝統的建造物群保存地区になります。

山口ユビワ加工所(山口ユビワ店)。主屋は戦後の建物ですが、奥に2棟の土蔵があり、うち1つは江戸時代のものらしい。

宝飾店ではなく指輪店、しかもカタカナの「ユビワ」。

真土家住宅は明治9年(1876年)の建築とされ、こみせが残っています。

元銭湯がコミュニティスペース・交流の場に生まれ変わった松の湯交流館。江戸時代に建てられた当初は旅籠(旅館)だったようです。

松の湯の名前の由来となった黒松の木。樹齢350年ともいわれ、屋根を突き抜けています。

こみせ通りから少し東に入った所に旧さしに呉服店土蔵。

今度はこみせ通りから西に少し行ったところに黒石市消防団第3分団1班第3消防部。望楼付きの町家建築で大正13年(1924年)に建てられました。和風と洋風が融合した、大正ロマンという感じの建物です。

こみち通りに戻って、西谷家住宅(こみせ美術館)。大正2年(1913年)に弘前市の造り酒屋の建物を移築したもので、その後呉服商を営んでいました。

西谷家住宅の前には中村亀吉酒造店。いかにも老舗の造り酒屋という雰囲気の立派な建物ですが、大正2年(1913年)創業と思ったほど古くなかった。NHK大河ドラマ「いのち」のロケ地にもなったようです。

中村亀吉酒造店の代表銘柄は「玉垂(たまだれ)」。

巨大な杉玉(酒林とも)にどうしても目が引かれます。「直径1.1間(2.1メートル)、重さ400貫目(1,500キログラム)で日本一と自負しています」と書かれていました。

店前のこみせは道路側にガラス扉があって完全に密閉されており、雪・雨・風対策はばっちり。こうした構造は他にはなかったのですが、かつてはあったけど老朽化等で無くなったのか、元々中村亀吉酒造店にしかなかったのかは不明。

黒石藩の御用達米穀商だった高橋家住宅。江戸時代の宝暦~明和年間(1751~1771年)に建てられた主屋をはじめ、米蔵・味噌蔵及び文庫蔵の3棟が国指定重要文化財になっています。この地区で国指定重要文化財は高橋家住宅のみです。

一般公開もされているのですが、11月下旬から4月中旬の冬季期間は休館。

津軽こみせ駅という土産物店兼お食事処。三味線の無料演奏があったり、こみせ通りの観光拠点としての役割もあるようです。また鉄道駅ではないですが、中町バス停が目の前にあります。

こみせ通りで最大規模の家屋である鳴海醸造店。文化3年(1806年)創業の造り酒屋で代表銘柄は「菊乃井」。この夜弘前での夕食で「菊乃井純米吟醸 津軽の吟」を頂きました。

映画「津軽百年食堂」のロケ地となったようです。

脇の道を入って行っても、ずっと鳴海醸造店の建物が続いています。

鳴海醸造店のある交差点までが重要伝統的建造物群保存地区。

ここから南側は地名が前町に変わり、重要伝統的建造物群保存地区からは外れますが、古い建物がいくつか残っています。

旧マルチ薬局。明治35年(1902年)創業で平成29年(2017年)まで営業を続けていました。正面のみ洋風に装飾した看板建築だと思われ、改装したのは昭和初期でしょうか。

明治時代初期の白壁の蔵を利用した「喫茶 蔵」。

上原呉服店は元々酒造業を営み、大正2年(1913年)に呉服屋を創業、現在の建物は昭和7年(1932年)築。

私は雪国育ちではないので、こうした「こみせ」や「雁木」に馴染みはないのですが、よく行くシンガポール・マレーシア・タイ南部の5フットウェイ(マレー語でカキリマ)や台湾の騎楼(亭仔脚)と似ていて、何だか懐かしく感じました。

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