出雲大社 国づくりと国譲りの神様・大国主大神を祀る

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島根県立古代出雲歴史博物館を見学後、いよいよこの旅のメインイベント、出雲大社への参拝です。一般的に「いずもたいしゃ」と呼ばれていますが、正式には「いづもおおやしろ/いずもおおやしろ」なんですね。

その社名ですが・・・実は古代より杵築大社と呼ばれていて、明治4年(1871年)というわりと最近になってから出雲大社と改称されたものです。また創建は神代の時代とされていますが、実際は8世紀頃?

出雲大社前駅に到着した際に、出雲大社とは逆方向へ歩き、宇迦橋大鳥居を最初に見に行っていました。

出雲大社へまっすぐ伸びている神門通り。

出雲大社の入口となる勢溜の大鳥居。勢溜(せいだまり)とは人・物の集まる賑やかな場所で、勢いが溜まるという意味から呼ばれています。

参道を歩いて行きます。身が引き締まる思いです。

出雲大社の参拝者はまず最初に祓社(はらえのやしろ)にお参りし、身心を祓い清めます。祓社には瀬織津比咩神(せおりつひめのかみ)、速開都比咩神(はやあきつひめのかみ)、気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)、速佐須良比咩神(はやさすらひめのかみ)の祓戸四柱神が祀られています。

参道が途中から松の参道になりました。松の根の保護の観点から中央は歩けません。

出雲大社は縁結びの聖地と言われますが・・・左手に縁結びの碑が見えてきました。

「即ち宇伎由比為て. うながけりて. 今に至るまで鎮り坐す」と古事記に綴られた、大国主大神と須勢理毘売神(スセリビメ)が出雲大社に仲睦まじくお鎮まりになられた由緒を描いています。

御慈愛の御神像。だいこくさま(大国様)=大国主大神と助けられた因幡の白兎(稲羽の素兎)の像。大国主大神は同じ「だいこく」という名前から七福神の大黒天と同一視される習合現象も見られます。

松の参道右側にはムスビの御神像。大国主神の前へ日本海の荒波に乗ってやってきた「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」が現れ、それを頂く場面を表しているそうです。

出雲大社といえば大注連縄が有名ですが、この大国主神の画像もよく見ますよね。

銅鳥居越しに拝殿が見えてきました。銅鳥居(国指定重要文化財)は荒垣正門に建っており、ここから荒垣に囲まれたエリアが神域とされます。荒垣の内側に瑞垣、更に御本殿のみを囲う玉垣と3重の垣があります。

出雲大社の参拝の仕方は、一般的な神社と異なり「二礼四拍手一礼」です。尚、拝殿の注連縄もそれなりに大きいですが、有名な大注連縄ではありません。

拝殿の後方にあるのが八足門。寛文7年(1667年)に建てられた檜皮葺の八脚門で、延享元年(1744年)の造営時に解体移築されたもの、国指定重要文化財。八足門前にある3つの赤い丸が束になったものは、鎌倉時代の本殿遺構の柱が発見された場所です。

八足門の先に楼門、御本殿がありますが、一般参拝客はここまで。出雲大社の御祭神は大国主大神ですが、中世に素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀っていた時代もあるようです。

御本殿等を囲む瑞垣に沿って周囲を歩くことが出来ます。

八足門のすぐ東側には観祭楼及び廻廊(国指定重要文化財)。八足門と同じく寛文7年(1667年)に建てられ、延享元年(1744年)の造営時に解体移築されています。

瑞垣の東側にある長屋のようなお社は末社・十九社(東)、旧暦10月の神在月に全国から集まった八百万の神々の宿所となります。同じものが西側にもあります。延享元年(1744年)の御本殿造営時に建立され、国指定重要文化財。

末社・釜社(かまのやしろ)、御祭神は食物神の宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)。寛文7年(1667年)建立で国指定重要文化財。

瑞垣越しに御本殿の屋根だけしか見えませんが、大社造りで正面向かって右手に階段があります。瑞垣のすき間から見えているのが、御本殿のみを取り囲む玉垣。現在の御本殿は延享元年(1744年)に造営されたもので国宝です。大社造りは出雲地方特有の神社建築様式ですが、現存する最古の大社造は天正11年(1583年)に再建された神魂神社本殿(国宝)です。

瑞垣の内側で御本殿の東側に2つのお社があります。内側が大国主大神の嫡妻・須勢理比売命(すせりひめのみこと)を祀る摂社・大神大后神社(御向社)、外側が大国主大神が大火傷を負った際に治療・看護したとされる蚶貝比売命(きさがいひめのみこと)と蛤貝比売命(うむがいひめのみこと)を祀る摂社・神魂伊能知比売神社(天前社)。どちらも国指定重要文化財。

御本殿の北東にある文庫(ふみぐら)。寛文7年(1667年)の遷宮時に新造された、いわゆる図書館。御本殿の北西にありましたが、大正3年(1914年)に彰古館が建造された際に現在地へ移築。重要文化財だらけの出雲大社の中で、なぜか文化財指定されていません。

御本殿の北に位置する素鵞社(そがのやしろ)。大国主大神の父神や祖父神とされ、また大国主大神の嫡妻・須勢理比売命の父神でもある素戔嗚尊が祀られています。延享元年(1744年)建造で重要文化財、向かって右手に階段がある大社造です。

御本殿を真裏(北側)から。

御本殿の北西にある彰古館。大正3年(1914年)に宝物館として建造されました。時代が新しいので国登録有形文化財。

御本殿を北西の方角から。

御本殿の西側にある摂社・神魂御子神社(筑紫社)。大国主大神の妻で宗像三女伸の一柱である多紀理比売命(たぎりひめのみこと)が祀られています。

また御本殿の神座が西向きであることから、こちら側が御神座正面となります。

瑞垣の外側には宝庫。寛文7年(1667年)建造の国指定重要文化財。下記画像の向かって右手に参拝客が集まっているのは御神座正面ですね。

氏社(北)、天照大御神の第二子で出雲大社の祭祀を執り行う出雲国造家(出雲大社宮司家)の始祖となる天穂日命(あめのほひのみこと)を祀ります。寛文7年(1667年)建造の国指定重要文化財。

氏社(南)、天穂日命を祖とする出雲国造家の第17代で初めて国造となり出雲の姓を賜った宮向宿禰(みやむきのすくね)を祀っています。寛文7年(1667年)建造の国指定重要文化財。

東側にもありましたが、旧暦10月の神在月に全国から集まった八百万の神々の宿所となる末社・十九社(西)。延享元年(1744年)建造で国指定重要文化財。

瑞垣に沿って御本殿をぐるっと一周したところで、何かロープを張ったり店仕舞い的な動きが。聞いてみると、出雲大社自体の閉門時間は19時ですが、御本殿の裏側(北側)エリアは16:30までしか入れないようです。危なかった・・・

神域の荒垣を出た西側に神楽殿、有名な大注連縄があります。

長さ約13メートル、重さ5.2トンらしい。

それでは次に向かいますか。

行きに見逃していた摂社・野見宿禰神社。出雲大社の祭祀を執り行う出雲国造家(出雲大社宮司家)は、天照大御神の子神である天穂日命(アメノホヒノミコト)を祖としますが、13代目が野見宿禰とされています。

野見宿禰神社へ行く途中には相撲場がありました。野見宿禰は相撲(角力)の神様とされます。

特に急ぐこともなく歩いて、参拝所要時間は45分程でした。宝物殿の見学を含め更に隅から隅まで回れば、プラス30分~1時間位でしょうか。もちろん境内は広いのですが、伊勢神宮(外宮内宮)に比べるとそこまで広大ではなく、熱田神宮(名古屋)と同じくらいの感覚でした。

4月に伊勢神宮を参拝後、出雲大社にも行かなければと思っていたのですが、それが成就してすっきりしました。

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