日本初の宮 須我神社 島根・雲南市

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松江2日目、この日は須我神社と熊野大社という郊外の神社巡りをします。どちらもバスの便が少なく、公共交通機関を使ってのアクセスはあまり良くないです。

先ずは須我神社へ向かいます。須我神社への行き方は一畑バス・大東線を利用することになります。須我神社の最寄バス停「須賀」まで松江駅から32~35分と思ったほど遠くないのですが、1日7本(土日祝日は6本)しかありません。松江駅から須賀までの料金は740円、交通系ICカードは利用可能です。

バス停から100mほど進むと一の鳥居(大鳥居)。平成16年(2004年)に建立された比較的新しいもの。須我神社の宮司を務めた須賀家の子孫の方が寄付されたようです。

ここから参道を歩いて行きます。

御幸場(みゆきば)。

二の鳥居に到着。

手水舎で手と口を清めますと、身が引き締まります。それでは参拝しますか。

出雲国一之宮、播磨国一之宮・・・など各地に○○国一之宮というのがありますが、ここ須我神社は日本初之宮なのです。

八岐遠呂智(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)は、妻である稲田姫と共にこの地に至り「吾が御心清々し」とおっしゃって、日本で初めての宮殿を造られたのが古事記・日本書紀に記載されている「須賀宮(すがのみや)」であり、日本初之宮とされています。

須賀の地名の由来は「吾が御心清々し(すがすがし)」から来ています。地名は雲南市大東町須なのですが、社名は須神社なんですね。

石段を登ると隋神門。

隋神門を抜けて左手に舞殿。

拝殿・本殿への石段脇には、須佐之男命が造宮時に詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣を」の歌碑があります。これが日本最古の和歌であり、この地が和歌発祥の地とされます。

拝殿でお参りします。須我神社の主祭神は須佐之男命と妻の稲田比売命、両神の子の清之湯山主三名狭漏彦八島野命(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまのみこと。八島士奴美神)。

拝殿前から舞殿と隋神門を眺める。

拝殿の後方にあるのが本殿です。

本殿の前破風には浪(波)と注連の上に浮かぶ日章(太陽)の彫刻があります。

後破風に描かれているのは、浪の上に浮かぶ三日月と日章と説明されていました。月だけかと思ったのですが、丸いのは太陽(日章)で影になっている部分が三日月(月章)ということなのかな。

太陽と月は、須佐之男命の姉・兄神である天照大御神と月読命を連想してしまいます。

拝殿・本殿の向かって左には虚空蔵菩薩を祀る虚空社。神社に菩薩・・・明治政府による神仏分離政策以前の神仏習合の名残でしょうか。すぐ隣には普賢院という仏教寺院があります。

拝殿・本殿の向かって右手にもいくつか摂社・末社があります。

宇能遅比古命(ウノチヒコノミコト)を祀る海潮神社。天神神社、大石神社、山上神社も合祀されています。

御神木を祀る弁護荒神社。

伊邪那岐命(イザナギノミコト)を祀る若宮神社。稲荷神社、秋田神社、火守神社、琴平神社、木山神社を合祀。

こちらは御仮殿となっているので、社殿造替の際に一時的にお遷り頂くところでしょうか。

御仮殿の脇からは境外末社へ続く参道が出ています。

鳥居の手前に「霊石 踏まぬ石」。

ちょっとした山道を登って行きますが、夏場なので植物がかなり生い茂っている箇所もありました。夏場ということで蚊も多いです。蚊が多いことは事前に口コミで読んでいたので参拝直前に虫よけスプレーをしたのですが、それでも結構寄って来ます。

次に奥宮向かう為、北側の道路へショートカットできる山道があるようなのですが見つけられず。

麓から歩くこと約8分、御祖神社(みおやじんじゃ)に到着。須佐之男命の妻・稲田比売命の親神である足名槌ノ命・手名槌ノ命が祀られています。

すぐそばに社日神社(しゃにちじんじゃ、社日社)、天照大御神他4柱が祀られています。向かって左のお社は空のようでした。

御祖神社から10メートルほど先に義綱神社があります。ここには須賀城(諏訪城とも)城主の南朝忠臣 菅孫三郎義綱公が祀られています。

所要時間は30分程度。須我神社を参拝して、まさに「吾が御心清々し」でした。

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