天理駅から徒歩30分近くかかって石上神宮へやって来ました。
石上神宮は崇神天皇7年(紀元前91年)の創建と伝わり、2100年の歴史を持つ日本最古の神社の一つとされています。旧社格は官幣大社で、平安時代以降朝廷から特別の崇敬を受けた神社である二十二社の1社でもあり、日本で有数の格式を誇る神社でもあります。
大鳥居をぐぐって参道を歩いて行きます。
手水舎の周りに神様のお使い?のニワトリがたくさんいます。
見えてきましたのが、鎌倉時代末期の文保2年(1318年)に建立された楼門です。国指定重要文化財。
楼門を内側から。
楼門をくぐると正面に拝殿があります。
拝殿は平安時代の永保元年(1081年)に、第72代白河天皇が宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進されたものとも伝わりますが、建築様式からは鎌倉時代初期の建立ではないかとも考えられています。いずれもしても現存する拝殿としては日本最古のもので、国宝に指定されています。
石上神宮の主祭神は下記の3柱です。
布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)
布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)
布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)
布都御魂大神は神剣「韴霊(ふつのみたま)」に宿られる御霊威。韴霊とは武甕雷神(建御雷神、たけみかづちのかみ=鹿島神)が葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定した際に用いられ、神武東征の際にいわれびこ(後の神武天皇)を助けたとされる剣です。
布留御魂大神は饒速日命(にぎはやひのみこと)が天津神から授けられた十種の神宝「天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)」に宿られる御霊威。
布都斯魂大神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲国で八岐大蛇を退治するのに用いられた「天十握剣(あめのとつかのつるぎ)」に宿られる御霊威。
廻廊にあった国宝「七支刀」の紹介ポスター。七支刀は石上神宮に伝わる宝刀で、百済から倭国王への朝貢時に献上されたものと考えられています。御祭神といい、石上神宮は剣との縁が深い神社ですね。
その下にあった、お守り「御神劔守(ごしんけんまもり)」の張り紙を見て一目ぼれ。ピンチをチャンスに起死回生のご神徳・ご利益があるそうです。初穂料1,000円、紺色バージョンもありました。
楼門を出ると正面が石段になっており、上にはいくつか社があります。
摂社 出雲建雄神社拝殿。元々は内山永久寺の鎮守である住吉社の拝殿でしたが、大正期に石上神宮へ移築したもの。鎌倉時代の創建で大寺院だった内山永久寺ですが、明治の神仏廃棄令により廃絶しました。その唯一残った建物の遺構ということで国宝に指定されています。
中央に馬道(めどう)と呼ばれる通路がある「割拝殿」構造。国宝なのに参拝客の多くは興味なしのようでした。国宝ということに気付いていない?
その対面には、摂社・出雲建雄神社と末社・猿田彦神社。出雲建雄神(いずもたけおのかみ)とは三種の神器の一つ・草薙剣(天叢雲剣)の荒魂です。名古屋・熱田神宮に祀られている草薙剣ですが、盗難に遭った後、一時的にこの出雲建雄神社に奉斎されていたとされます。ここでも剣か・・・
隣には摂社・天神社と横向きの摂社・七座社。天神社ですから菅原道真公なのかと思いきや全く別物で、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)の二座が祀られています。
境内はそれほど広くなく、参拝の所要時間は45分程度でした。
奈良に来る前までは社名程度しか知りませんでしたが、石上神宮ってすごい神社だったんですね。清々しい気持ちで山の辺の道・南コース散策のスタートが切れました。