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長崎四福寺(唐寺)巡りの最後は、崇福寺(そうふくじ)です。
ここは市電(路面電車)の駅名にもなっていて、1系統と3系統の始発・終着駅です。その崇福寺駅から歩いて2~3分で見えて来ました。
赤くていかにも中国風の三門(楼門)です。なかなかインパクトありますよね。

三門の前には他の唐寺では見なかった中国風の石獅も設置されています。


石獅は左(向かって右)が球と遊ぶ雄獅、右(向かって左)が子供を連れた雌獅というのが一般的だと思うのですが、ここは逆の配置になっています。何か意味があるのでしょうか。
このワニや龍みたいな魚は鰲魚かな。鰲魚は龍になりかけの(なれなかった)魚とされています。水を吐いている姿ですが、中国建築で鰲魚は火伏せ・火事除けの意味でよく使われます。インド神話の怪魚・マカラ(摩伽羅)を起源とする鴟尾・螭吻・鴟吻、日本のシャチホコなどと同じ系統でしょう。

こちらは何でしょう?竜生九子のひとつ、椒図(しょうず)かな。椒図は閉じることを好み、敵の侵入を阻むという意味で中国建築では門扉の握り輪を付ける金具によく使われます。

いかにも中国風の三門ですが、全て日本人技術者によって建設されています。
三門を内側から撮影。この様に樓門の一階部分が漆喰で塗り籠められ、腰袴状になったスタイルを竜宮門と呼ぶそうです。

三門を抜けると、拝観料300円と書かれた小屋があるのですが、誰もいません。何度か声を掛けて待ってみたのですが、反応なし。
ということで先に進ませてもらいます。

階段の途中からさきほどの三門(楼門)を望む。

階段を登り切った先には第一峰門。1695年に建設され、なんと国宝です。

軒下の四手先三葉栱という複雑巧緻な詰組が国内では類例がなく、中国華南地方でも珍しいそうです。

この第一峰門を抜けてすぐのところに土産物屋があり、おばちゃんがいたので
「下の受付に誰もいなかったんだけど、拝観料はどうしたらいいの?」
「ああ、コロナで参拝客が少なくなって、もうだいぶ前から誰もいないよ。1日10人くらいしか来なくて、拝観料収入より人件費の方が高くなるから」
おばちゃんとしばらくおしゃべり。特にNHK大河ドラマ「龍馬伝」が崇福寺で撮影された時のことなど、やはり坂本龍馬役を演じた地元長崎出身のスーパースター・福山雅治が御贔屓のようです。
崇福寺は福建省でも福州・福清系の唐寺ですが、おばちゃんも日本生まれだけどルーツは福清(フーチン)みたい。
現在の長崎華人・華僑は大半が福建系ですが、東南アジアで多い福建省南部(閩南)の泉州・漳州・厦門周辺ではなく、閩東と呼ばれる福建省北東部の福州市、中でも福清市出身者が過半を占めています。福清って、密航ブローカー犯罪組織「蛇頭」の故郷として有名ですね。
それでは伽藍を見学してみましょう。
先ずは本堂である大雄宝殿から。崇福寺の大雄宝殿は1646年に建設され、国宝となっています。さきほどの第一峰門と併せ国宝が2棟、他の唐寺に国指定重要文化財はあっても国宝はここだけです。

前廊部分にはアーチ状の黄檗天井と呼ばれる、黄檗宗の禅寺特有の天井構造があります。

釈迦如来を本尊とし、脇侍は釈迦の弟子の迦葉と阿難。

手前の左右には十八羅漢像。


釈迦三尊と十八羅漢像の計21躯は「崇福寺本堂の仏像群」として県指定有形文化財に登録されています。
大雄宝殿の対面に護法堂、国指定重要文化財。関帝堂と観音堂も兼ねたお堂です。

中央には観音菩薩が祀ってあります。

左(向かって右)には関帝聖君(関羽)、随神は当然関平と周倉。関帝聖君は赤顔で表現されることが多いですが、こちらの像は黒面ですね。手前に神道神社の依り代(神が依り憑く対象物)の鏡みたいなものも安置されています。

右(向かって左)には多くの神像・仏像が祀られています。

中央の合掌に剣を乗せたポーズは、黄檗宗で重要視される韋駄天様です。

韋駄天は本尊の釈迦如来を見守る護法神。だから護法堂は大雄宝殿の対面にあるんですね。
通常、黄檗宗の寺院では天王殿といって門と仏殿を兼ねた建物が配置され、参拝客を迎える外側に弥勒菩薩(布袋)、伽藍のある内側に韋駄天と背中合わせに祀るのが一般的ですが、崇福寺は異なります。説明書きには「地形の関係上、門にできなかったのであろう」と書かれていました。
おっと、七爺八爺(謝将軍・范将軍、白無常・黒無常とも)もいらっしゃいますね。七爺八爺は台湾でよく目にしますが、ここでは地府陰公と書かれている通り、陰界(地獄)の使いです。

鐘鼓楼、国指定重要文化財。2階に釣られている梵鐘は県指定有形文化財。

市指定有形文化財の大釜。1680年(延宝8年)の不作で、1681年に食糧不足で餓死者が出る状況となりました。これを救済する為の施粥用に鋳造した大釜。

鐘鼓楼の対面、大雄宝殿脇の媽祖門。国指定重要文化財。

媽祖門を抜けて媽祖堂に向かおうとしていると、飯梆・開梆・魚梆などと呼ばれる魚の形をした魚板が吊り下がっています。飯時を知らせる為に叩くもので、木魚の原型とも言われています。先に見学した興福寺にもありました。

媽祖堂は県指定史跡。有形文化財ではなくて史跡、どう違うのでしょう?


媽祖堂の名の通り、中央の主祭神は媽祖(天后聖母)。

媽祖と言えば、随神は順風耳と千里眼がお約束です。


媽祖の左右には三官大帝と三帝大帝が祀られています。


三官大帝は知っているけど、三帝大帝は聞いたことないなあ。
媽祖堂の隣、大雄宝殿の裏手にあるのが開山堂。開山と言う位ですから、崇福寺を創建した初代住持(住職)・超然禅師が祀られているのかと思いきや・・・

崇福寺の伽藍を整備した中興開山の第5代住持・即非禅師が祀られているようです。

見学も終わり、次の目的地に向かおうと思いますが、帰りにもまた土産物屋のおばちゃんとおしゃべりしました。
崇福寺は国宝が2棟あるなど見どころ満載の禅寺でした。今回長崎で回った4ヶ所の唐寺、それぞれに特徴があり、どこも興味深く見学出来ましたが、崇福寺は土産物屋のおばちゃんと長々と会話したこともあり一番思い出に残っています。
また先に見学した三ヶ所の唐寺を含めて、長崎市教育委員会による説明書きが充実しており、理解が深まって助かりました。