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あまり観光地というイメージがないアロースターですが、街歩きをしているとイギリス統治時代を中心に古い建物が残っていました。
クダ州(当時のクダ王国)の歴史を調べると、シャム軍に侵攻された1821年以降はシャム(現在のタイ)の支配下にありましたが、1909年のアングロ・シャム条約により国境が定められ、英領マラヤ側に組み込まれました。ですので、コロニアル建築は1909年以降、1910~1920年代のものが中心です。
ラジャ通り(Jalan Raja)とランガー通り(Jalan Langgar)の交差点にあるのが、1914年に建てられたアロースター警察著。
道をはさんでアロースター中央郵便局、こちらも1910年代初め頃に建てられました。ネオクラシック様式らしいです。
この交差点はアロースターの道路元標(0km地点)となっていて、モニュメント的なものがありました。
実は昨晩夕食後に街の中心部へ行こうとここまでやって来たのですが、スコールに遭いました。30分近く雨宿りし、少し雨が弱くなったところで諦めてホテルへ帰りました
ランガー通りを東に歩いて行ったところにあった古いショップハウス。
ペディメントに「OTO 1357」とあります。建物の竣工年が刻まれていることが多いのですが、西暦1357年ってことはないですね。もしかしたらヒジュラ暦(イスラム暦)かもしれません。インドネシア・スラバヤでも見たことがあります。ヒジュラ暦1357年なら、西暦1938~1939年に該当します。
廃墟っぽいショップハウス。
横から見たら、5フットウェイ(マレー語でカキリマ)と呼ばれる軒下通路の部分だけ残されていました。
朝食後にアロースタータワーの方へ向かっていると見えてきたのが、イスタナ・スパチェンデラ(Istana Sepachendera)。
第26代クダ州スルタンであるアブドゥル・ハミド・ハリム・シャーが、シャム(現在のタイ)出身の第一夫人であるチェ・スパチェンデラの為、1882年に建設したもの。シャム統治下の時代ですね。「クダのタージマハール」なんて呼ばれたらしい。
1922~1954年には女子学校として使われましたが、現在は放置された状態です。現在「アーバンフォレスト2」プロジェクトで周辺に森林・公園が整備されています。
イスタナ・クニン(Istana Kuning)、イスタナ=宮殿、クニン=黄色という意味です。スルタンの子供の結婚式に参列するゲストたちの宿泊施設として1904年に建設されました。
アブドゥル・ハミド・ハリム・シャーの息子で、後にマレーシア初代首相となるトゥンク・アブドゥル・ラーマンもここで生まれたそうです。
歴史的建造物ではないですが、アロースターのアイコン的存在「アロースタータワー(Menara Alor Setar)」。1996年に完成し、高さ165.5メートル。
アロースターの目抜き通り「ダルル・アマン高速道路(連邦道路1号線)」を歩いて行きます。
こちらのコロニアルな建物は、フレイゼル・ヘリテージ・ホテル(Frazel Heritage Hotel)
。1951年築なので、そこまで古くないのですが、マレーシアの独立が1957年なので、一応コロニアル(植民地の)といえる建物。
旧アロースター高等裁判所は1922年に建設されたネオクラシック様式の建物。現在はスルタン・アブドゥル・ハリム・ムアザム・シャー・ギャラリーとして使われています。
バライ・ノバット(Balai Nobat)という八角形の塔は、王室(スルタン)の儀式で演奏される楽器(ノバット)を保管庫。初代バライ・ノバットはクダ州第19代スルタン時代の1735年頃に建設されました。現在の建物は、第26代クダ州スルタンであるアブドゥル・ハミド・ハリム・シャーにより1906年に建てられたもの。
通りをはさんで向かい側にあるクロックタワー(時計塔)は1912年築。
白亜の宮殿のようなザイール・モスク(Zahir Mosque)も1912年に建てられました。
バライ・ブサール(Balai Besar)は王室や州の公式行事が行われる広間・ホール。1735年に建設され、現在の建物は1896年に再建されたもの。
クダ州立美術館は、当初高等裁判所として1893~1912年にかけて建設されました。
前は大きな広場となっていて、「ALOR SETAR」のサインがあります。一帯はザイールモスクも含めて夜になるとライトアップされるので、昨晩来ようとしたのですが、スコールに遭って断念しました。
ザイールモスクから10分ほど西へ行ったところにある「Rumah Merdeka」はマレーシア初代首相トゥンク・アブドゥル・ラフマンの旧宅。マレー語でRumahは家、Merdeka=独立・自由を意味します。当初は木造家屋として1942年に建てられましたが、現在の建物は1953年に再建されたもの。入場無料で見学可、内部の撮影は禁止でした。
イギリスがマレーシアを植民地にした最初は1786年のペナンですが、これはクダ王国のスルターンから有償で割譲を受けたものでした。当時はペナンもクダ王国の一部だったんですね。ちなみにビーチリゾートとして有名なランカウイ島は現在もクダ州に属します。
クダ王国はシャムの支配下にあり、イギリス領になったのは1909年と結構後になってからでした。
古い建造物の歴史を知る中で、クダ州(かつてのクダ王国)の歴史も知ることが出来ました。






















































































































































