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宮崎に到着して、最初にやって来たのが日向市美々津です。
美々津は江戸から明治時代にかけて、主に大阪方面への海運の拠点として繁栄した港町で、元廻船問屋などの古い町家が残り、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
次の列車までの2時間弱で散策するのですが、美々津駅から重要伝統的建造物群保存地区まで徒歩20分程度掛かるのです。その往復の時間を考えると、実質1時間15分程度しかありません。
駅近くの大漁丸でさっとランチを食べてからと思っていたのですが、地図では近そうに見えたものの、坂を登って10分近くかかりそうだったので、途中で諦めて重要伝統的建造物群保存地区へ直行しました。
美々津海岸に到着すると、神武天皇御舟出の地という碑が建っています。
後に初代神武天皇となる神倭磐礼比古命(カムヤマトイハレビコノミコト)は、高千穂から美々津経由で東征に旅立ったとされています。
しばらく海岸沿いを歩いてみましょう。
美々津町道路元標の所から街中に入りました。
メインストリートの一つ、上町筋を歩いて行くと、南の新町地区はあまり古い建物はなかったのですが、北の立縫地区に入ると一気に歴史がありそうな街並みに変わってきました。
和風の町屋が並ぶ中、目を引く洋風の建物。赤いポスト(展示品?)があるのは旧美々津郵便局で昭和初期の建築。
こちらの建物は旧診療所らしい。
まだ営業されているのか分かりませんが、レトロな店構えのヒサシ電器。
ここから西南戦争官軍墓地を目指して細い道を登って行ったのですが、墓地はあってもどれが西南戦争官軍墓地なのか分からず、時間もないので諦めました。
また上町筋に戻って来て、共同井戸。
かつてあらもの屋(雑貨店)として使われていた、築150年超の古い町屋をリニューアルしたゲストハウス「日向美々津の宿
」。
こちらは畳屋さんです。
明治初期の小売商「藤屋」を修復した美々津まちなみセンター。
その隣の美々津軒は、明治17年(1884年)に建てられた元廻船問屋・商家「旧矢野家」を修理・復元したもの。公開されていて見学可能ですが、時間がなさそうなので断念。
耳川の河口にぶつかりました。ここは後の初代神武天皇が水軍を編成され、東征の船出をされた場所ということで、日本海軍発祥之地としています。同じ美々津内ですが、最初に見た海岸の「神武天皇御舟出の地」碑があった場所とどっちがお船出の地なんだろう?
第二次世界大戦中に製造された両爪錨が展示されると共に、大きな石碑も建っています。
そのそばには立磐神社(たていわじんじゃ)が鎮座しています。
御神木の楠の木。
根元の洞には鳥居が納められています。かつては子供が中に入れるほど大きかったのですが、木の成長と共に小さくなったそうです。
神武天皇が腰掛けて休んだとされる岩「御腰掛之磐」。
御祭神は底筒男命・中筒男命・表筒男命、つまり海の神様である住吉三神と神武天皇です。
次は1本海側の中町筋を散策してみます。
茶屋たまのや。美々津には古い町屋を利用したカフェ・雑貨店が点在しています。
まちなみ防災センターも一見歴史がありそうな外観ですが、周辺の景観に調和するよう平成8年(1996年)に建てられた新しい建物。
向かって右手の山中家住宅は天保11年(1840年)築。
江戸末期の安政2年(1855年)に建てられた、かつての廻船問屋・河内屋をリニューアルした日向市歴史民俗資料館。
もう少しだけ時間がありそうなので、上町筋の美々津まちなみセンターに戻って来ました。
ここはちょっとしたお菓子・特産品などの販売と共に、観光客の休憩処にもなっており、名物の「お船出だんご」が頂けます。昼食抜きなので、お腹がペコペコなんですよね。
きれいな庭園を眺めて優雅な気分です。
メニューはこちら。お船出団子に各種ドリンクが付いてワンコインの500円。
ホットコーヒー+お船出だんごのおきよセット。
お船出団子は本来なら餅の中に餡を入れるはずが、神武天皇のお船出が急に早まり、急いで米と小豆を混ぜて作った団子。薄味でやさしい、ういろうに近い味かな。
この日は日曜日でしたが、美々津は知名度がそれほど高くないせいか、観光客はまばらでゆったり散策出来ました。かつては廻船業をメインに美々津千軒と呼ばれるほど繁栄したとは思えない、のんびりしたおだやかな町でした。


































