学問の神様・孔子を祀る文廟 ハノイ

 

今日は朝から文廟(孔子廟)に行ってみようと

思います。

 

ホテルから歩いて15~20分程度なので、汗ばむかと

思い、比較的薄着で来たのですが、この日のハノイは

かなり冷え込んでいて肌寒い。失敗したなあ。

 

何も考えず、道なりにグエン タイ ホック通り

(Phố Nguyễn Thái Học)を歩いて来て、文廟の

北側に着いたものの入口が見つかりません。

 

入口は南側のクォック トゥー ザーム通りにあり

まして、敷地に沿ってぐるっと数百メートル歩く

羽目になりました。

 

入場料は3万ドン。

 

文廟内はきれいに整備された公園のようです。

 

 

門がたくさん出てきます。

 

ハノイの文廟は5つのエリアに区切られており、

それぞれに門があります。

 

中国文化圏でよく目にする石碑・石版を背負った亀。

この亀の台を亀趺と言いますが、元々は亀ではなく

亀に似た竜生九子の一つの贔屓です。

 

石碑に刻まれているのは、中国の制度を取り入れた

ベトナムの科挙合格者「進士」の名前と出身地。

 

1009年に李朝が成立、当初はホアルー(ニンビン省)、

1010年にタンロン(昇龍、現在のハノイ)を首都と

しました。

 

ホアルーは、李朝の前の丁朝と前黎朝の首都だった

ところで、一昨日の現地ツアーで行ったんですよね。

 

訪れた2ヶ所が繋がったので、ベトナムの歴史を

少しだけ理解した気がしました。

 

文廟は第3代皇帝・李聖宗(李日尊)時代の1070年に

創建され、その後、第4代皇帝・李仁宗(李乾徳)期の

1075年に科挙制度が導入されました。

 

この石碑には黎朝(後黎朝)と莫朝時代、1442~1779年

の科挙合格者の名前が刻まれており、ユネスコの

「世界の記憶(記憶遺産)」に登録されています。

 

更に奥へ進みましょう。

 

ベトナムでは盆栽もよく目にします。

 

こちらは第4の門である大成門。

 

大成門をぐぐると、拝殿と大聖殿。

 

 

孔子が祀られています。

 

手前には復聖顔子と述聖子思子と書かれた神像。

孔子の一番弟子である復聖顔淵と孔子の孫である

孔伋(子思)みたいですね。

 

その対面には宗聖曽子と亞聖孟子(いわゆる孟子)、

こちらも孔子の弟子たちの神像が祀られています。

 

この四柱は孔子の配神として定番みたいですね。

 

啓聖門を抜けると・・・

 

一番奥のエリアにある国子監、ベトナム最古の大学

ですが、現在の建物は2000年に再建されたもの。

 

国子監はベトナム語でQuốc Tử Giám

(クォック トゥー ザーム)、入り口のある通りの

名前にもなっていますね。

 

國子監の前堂では、ベトナムの宮殿・寺院・廟などで

よく目にするNghê(ゲー)という守り神的な動物に

ついての展示が行われていました。

 

 

獅子、麒麟、日本の狛犬・シーサーに似ていますが、

Nghê(ゲ)は漢字で「猊」と書くようですので、

竜生九子の「狻猊」でしょうか。

 

後堂の1階に祀られているのは、國子監で教師をして

いた朱文安(チウ ヴァン アン)。後に陳朝第6代皇帝と

なる陳憲宗の皇太子時代に先生を務めた人物。

 

2階に上がると、この文廟に由縁のある人物が

祀られています。

 

李朝第3代皇帝・李聖宗(Lý Thánh Tông )。

文廟を建立した人物です。

 

李朝第4代皇帝・李仁宗(Lý Nhân Tông)、

この李仁宗の時代に国子監が創建され、科挙制度が

始まりました。

 

こちらは大きく時代が下って、後黎朝第5代皇帝、

黎聖宗(Lê Thánh Tông)。ベトナム各地にある

レタントン(レタイントン)通りの由来となって

いる人物です。

 

黎聖宗(レ タン トン)は上記の科挙合格者の

石碑を建造しました。

 

漠然と見学していましたが、ブログを書く際に

色々調べると、ベトナムの歴史が少しずつ分かって、

興味が湧いてきました。

 

文廟周辺の地図とホテル

ウォシュレット・日本の民放TV・大浴場 ハノイの日系・日本式ホテル

 

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